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そろそろ梅干を干したいが天候が・・・

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そろそろ梅干を干したいが天候が悪い。どうしたものか。

殆ど曇りがちな天気なのに

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殆ど曇りがちな天気なのに山形では部分日食が見られたようだ。
昨夜,空に向かって「風よ~。光よ~」と言ったのが効いたに違いない。
ちなみに「風よ~。光よ~」と言うと背負っている刀を封印している鎖が切れる。刀を抜いて「忍法獅子変化」と言えば変身できる。さあ何の事でしょう。

梅酢が上がってきた

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6月11日に漬けた梅は浸るくらいの梅酢が上がってきた。塩が溶けるように漬物バケツを毎日回している。今月末,第二段の梅の漬け込みと最初の梅にしその葉を投入する予定。もちろん塩はこれだ。
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塩化カリウム50%なので減塩対策はばっちりだ。塩辛い減塩梅干ができる。
今回は大粒4㎏を漬けた。中粒が手に入れば6㎏漬けたい。(去年の反対ね)今年は,できれば小粒も漬けたいなあ。

伊藤ハムポール・ウインナー山形上陸か

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山形の複数のスーパーで伊藤ハムポール・ウインナーを見かけた。
とうとう山形上陸か?
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農園での出前の中華そばの味

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ひえたろうさんのラーメンはスープだの陣護@京橋の紹介記事を読んだ。
私は,たまたま入ったラーメン屋が独特の食感の手打ち麺だと評価が二割り増しになる人だ。
山形は,ほかの県の人から“だしがない”とよく言われるようだ。最近の濃厚なスープに慣れた人達には物足りないと思うが,利き水のように繊細な味を感じ取れる舌を駆使すれば味の良さを理解できるだろう。(要するにあっさり系の三食ラーメンでも飽きない味ってこと)それに反して麺の主張が強い。(他は弱い。チャーシューは出涸らしのぱさぱさの店が多い。肉もたいしたことはない。地元の平田牧場の三元豚を使ったチャーシューなんて聞いたことが無い)県外の人間である私も最初びっくりしたが,この県はお客を出前の寿司ではなく中華そばでねぎらう習慣があるらしい。昔,さくらんぼ狩りの手伝いをした時お昼に出前の中華そばが出された。野外のしかも家から離れた農園でさくらんぼの木に囲まれての中華そばはなかなか絶妙だった。私の思い出の味の一つになっている。

新型インフルエンザ

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新型インフルエンザの感染が徐々に広まりつつある。今回の新型インフルエンザが弱毒性(呼吸器の感染のみ)とは言え,最悪の場合は肺炎を起こして死に至る危険性はある。感染の実態が掴めないと今後の対応の遅れが懸念される。発熱した人たちは迷わず届け出て欲しい。

家庭菜園

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一畳半位の広さの家庭菜園(?)に三年目の韮が茂ってきた。三年目となるとだいぶ葉の幅が広くなっている。(間に,二年目と発芽したばかりの韮も出ている)去年植えた二年目のアスパラガス。まだちょっと細い。二年目で収穫可能と言う事だが今年は勘弁してやろう。

寒い朝

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今日は久しぶりに寒い朝を迎えた。
庭の土には霜柱が少々。さすがに以前より霜柱の数はかなり少ない。

春の到来

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家の花壇もすっかり雪が無くなった。
小さいねぎやにらもも顔を出している。

花壇じゃないじゃないか。確かにその通りだ。イチゴ,ねぎ,にら,アスパラ,ジャガイモを植えている。ねぎ,にら,いちごは三年目だ。アスパラは去年植えたばかりで二年目である。いずれにしろ収穫は期待できる。しかし,ジャガイモはほったらかしで毎年同じところから生えてくる。

ガリバン印刷の苦い思い出

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NHKラジオの番組でガリバン印刷が取り上げられていた。
懐かしい。思い起こせば小学生の頃,先生がやすりにロウ原紙を乗せて鉄筆でがりがりやって印刷の原紙を作っていた。その様子を見てかなり興味を持った。先生が謄写版で出来上がった原稿を使って印刷するのも何か楽しそうであった。幸い何故か家にやすり版も鉄筆もロウ原紙もあった。唯一無かった修正液は文房具店で買ってきた。今は内容も忘れたが新聞を作ろうとした。がりがり書いて印刷原紙を作った。模造紙で作る学級新聞にちょっと飽きていた事もあったのかもしれない。へたくそな字で一生懸命書いた。
原紙は作ったものの謄写版が無いので印刷できない。そこで学校で印刷する事にした。もちろん先生に断って学校の謄写版を使わせてもらった。紙はもちろん学校のわら半紙である。クラスの人数分印刷し,クラスメートにできたへんてこな新聞を配った。おおむね好評であった。しかし,何度かへんてこな新聞を配ったある日学級会で私のへんてこ新聞が話題になった。もちろん批判の意見である。
「個人で紙を使って印刷するのは問題があるのではないか」一字一句性格に文言は良く覚えていないが,こんな感じだったか。
もっともな意見である。反論の余地は無い。クラスの多くがその意見を支持したのは仕方が無い事だ。私は文句が出るのに嫌気がさし,結局私はへんてこな新聞の作成はやめた。
今考えると,先生がグループを作り交代で謄写版印刷の新聞を作りましょうと提案してくれれば良かったかなと思う。少なくとも他の生徒も“ガリバン”の楽しさは味わえただろうに。
以前子供の関係でPTA役員を引き受けた時,既に小学校の印刷室から謄写版が消えていたなと気が付いたのはかなり後になってからである。

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