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映画「アマルフィ 女神の報酬 」

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映画のタイトルと映画の内容がずれていることがある。特に洋画の邦題がものすごいものが時々ある。しかし,邦画でも起こりうるのが良くわかった。“アマルフィ”も舞台になるが殆どは“ローマ”が舞台である。作品を見ていてもタイトルに“アマルフィ”を冠する意味が良くわからない。副題の“女神の報酬”は尚更意味不明である。昔日産のセフィーロが登場した時「くうねるあそぶ」という車のコンセプトと全く異なるコピーが作られたが,全く同じである。
この映画を観ていると判るが主演の織田裕二と天海祐希以外のキャラが良く描かれていない。しかも,天海祐希の演技は大げさでわざとらしい。普通舞台経験者は演技がうまいのだが,宝塚は例外なのだろうか。とにかく織田裕二が中心の映画だ。その割には織田裕二扮する外交官黒田のキャラクターが良く掴めない。これがちょっと問題だ。
映画を観て前半部は観ている人間をわくわくさせる展開である。しかし,後半誘拐犯の正体がおぼろげながら見えてくるととたんに話が小さくなる上,話の整合性が取れなくなってくる。(最初は誘拐の犯行は巨大なテロ組織のように思えた)観終わると,別に国内ロケでも良かったように思えてしまう。誘拐犯は最初,イタリアの社会運営に関わる企業とつながりがある組織が綿密な計画を立て犯行を実行するのかと思いきや,犯行は少数グループの偶然に頼った杜撰な計画で映画を観る人がこの映画にリアリティーを感じさせなくなってしまう。
どう観てもこの映画は後半部でぶち壊している。
編集も突然フィルムが切れたような意味不明の演出と目が回りそうなハンドカメラのぶれ入りのシーン,ピントが合っていない映像など余計な効果が満載だ。最近の邦画はテレビスペシャルを見せられている様ないやな気分を味わう事が多いがこの作品も例外ではなかった。
とにかく織田裕二が映っていないシーンが少ない。織田裕二大好きの人にはお勧めする映画である。

8月6日追記
原作本を読んでみたが,原作通りに出来ればこの後半部のような破綻は無かったであろう。(脚本家がクレジットされていないのが良くわかる)

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