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コメントやトラックバックって群れる事?

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賛同のコメントやトラックバック送るのが群れる事,寄ってたかっていじめる事。外から見ると案外見苦しく見えるかもしれない。ところでそうする事は悪い事なのかという風に考えてみた。
別に誹謗しているわけではないのに揶揄していると思われる表現が全て使えないとするとそれも考え物だ。逆に揶揄した表現でないのに言われた人を傷つける場合がある。やせている(のを気にしている)人に「あなたはダイエットのしなくとも良くてうらやましい」と言われた場合,行った本人は理想の体系なので良いと考えているが,言われた人は痩せているのが嫌でしょうがないのだ。こういう場合嫌な思いをした人が不満を言えば良い。当事者同士で話し合えればそれで良い。傍から見物している人がどう捉えようとも関係ないという考えもありかもしれない。そのような考えからすると,少なくとも寄ってたかってに関しては楽しそうでいいですねと目をつぶることになる。群れているのを批判したければ自分のブログに一人で書いていれば良いとなる。ただ,日記に書かないで,インターネットのブログに書けば賛同なり批判なり感想なりの反応があるのは予想すべきだしそれが嫌なら日記帳に書くべきとなってしまう。

年を取るとこの若造が何を言っていると思うことは多くなるが,その前に,年月を重ねただけでしかない自分自身がいる事をすっかり忘れているのだ。

ニセ科学批判,批判批判がどうしたと最近にぎわっている。ダブルスタンダードなんて自分自身の内面向け,外向けで実際使い分けている。TPOなんてダブルスタンダードの典型だ。言いたい事を場合によって変えるのだ。したがって,ダブルスタンダード自体が悪い事でもない。(TPOの条件がある程度そろっている場合にだけ問題にされるのだろう)

ところで群れると言う言葉で連想されるのは孤高の人。おそらく生きていけるのは他人の存在があるからに違いないのであまり,孤高ばかり強調しても無意味かな。バランスの問題ですか。

ところでニセ科学批判の人たちが寄って集ってどうしたってどの事例だったかすっかり忘れている。もう一度復習するべ。

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