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映画「ナイトミュージアム2」

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親子で楽しめるエンターテイメントの第二段。
主人公は前作で夜間に動き出す展示物は見慣れているのが何故か笑える。今回は博物館もスミソニアン博物館になり,動き出す展示物もパワーアップした。悪役は前作のファラオの兄,口車でナポレオンやイワン雷帝,アル・カポーンを仲間に引き入れる。主人公ラリーの新たな味方は女性探検家だ。もちろん前作の困った連中も仲間だ。女性探検家のキュートさは必見だ。
モトローラの携帯電話を使っている人はエンドロールで思いっきり笑おう。
(ジョセフ・モトローラ==>ジョセフ・E・ガルビン,米モトローラ社の創始者の一人にかけている)ちなみに私も米モトローラ社のセルラーざんす。

映画「G.I.ジョー」

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ストーリーは直線勧善懲悪だが,悪はごちゃごちゃして複雑だ。CG全盛になり,自由にメカを表現できるようになった。トランスフォーマーもそうだ。例によって日本の表現が変だ。
派手な破壊シーン,アクションシーンの連続で観ている人に興奮を与えることだろう。はっきり言って退屈はしない。それなりのエンターテイメントに仕上がっている。

余談だが,続編がありそうな終わり方である。

映画「96時間」

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主人公は娘を助ける目的のためには手段を選ばない。これほど徹底した描写は荒唐無稽のエンターテイメントの極地で痛快極まりない。本当に容赦が無いのだ。対照的に娘には甘~いお父さんだ。序盤のハイテクによる誘拐犯捜索に反して後半は泥臭い脚と目と耳を使った古典的な捜索であり,対称的である。物語はなんのひねりも無く一直線に進んでいくがその潔さは尊敬にに値する。ともかく休む暇の無いアクションは観ている人を飽きさせないだろう。必見だ。

映画「トランスポーター3 アンリミテッド」

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過去の2作と比べカーアクションがかなり派手になった。
ハゲでマッチョなかっこいい親父が今回はそばかすまみれのスラブ人ヒロインと共にヨーロッパを駆け抜ける。痛快アクションだ。フランス映画なのに何故英語なのだろうか。まあ,字幕版の映画という性格から英語が望ましい事は間違いない。

映画「ホッタラケの島 遥と魔法の鏡」

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フルCG映画はディズニー,ピクサー,ドリームワークスからさまざまな作品が公開されている。2Dアニメが得意の日本が3Dアニメに挑戦した話題作であったが,アニメの表現方法,脚本,声,演出全ての面で優れたところは無かった。主人公が不思議の世界に入るのは行き当たりばったりの結果ではあるが,まあそれはそれで良い。別に不自然ではない。話の内容も悪くは無い。主人公が高校生でなく子供ならば。物語が始まると思うのだが,主人公は高校生とは思えない精神の持ち主だ。むしろ小学生の設定にしたほうがこの物語に合っている。他のアニメーションに比べ脚本の練りも無い子供向けのシナリオ(大人はお呼びじゃないシナリオ)ならばこうした方が年少者を呼べるし大人も楽しめるではないか。
一部,背景が2Dになっているのは効果を狙っているのだろうか,手抜きにしか見えない。一番悪いのはキャラクターの動きがかなりぎこちない。まるで人形劇で走る動作を表現する為に人形を上下左右に揺すっているようだ。全編3DCGアニメーションでありながら,モーションキャプチャーは一切使わずに作られているらしいが,完全に裏目に出ている。2Dアニメとは違い3Dアニメは動きにリアリティーが無いと駄目だろう。GOEMONがプレーステーション2のような背景を走り抜ける動きが本当に変なのは不自然な動きの映像を実写で使っているからだ。実写に近ければ近いほど動きにもっとリアリティーが必要になるだろう。
前にも言ったが誰に勧めれば良いかわからない映画だ。若い女性向映画とだけ言っておこう。

映画「20世紀少年<最終章> ぼくらの旗」

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前二作と同様に話が進まない。漫画のような荒唐無稽な物語が延々と果てしなく続く罰ゲームのような映画だ。出来の悪い三部作を延々と見せられテーマも結局,一度は挫折した子供の頃の夢でも実現できるからあきらめるなということであろうか。確かに主人公は再び夢をかなえる事が出来た。主人公が非常に大勢の観衆の前で演奏できて良かったねという感じだ。(大勢が感動するとは思えない曲だったけど)そのほかの謎であった友達の正体もアレだった。
エンドロールの後にどうでも良い事だが,ともだちの正体が明かされる。ともだちの正体は“○○○○”だ。“○○○○”って誰?出ていたっけ。観ている人にとっては,ともだちの正体はガッツ星人ですと言われたような気分になるのではないだろうか。もしかして,主人公達が公園で会話しているバックの背景として映っているチョイ役のホットドック屋の主人が犯人なのですという落ちと同じですよということなのだろうか。要するに散々引っ張ってきたともだちの正体は実はあまり意味が無かったということなのかもしれない。あとおかしいのは,現実の世界ではともだちが死んでしまっているにも関わらず,事件後の主人公が感じた自責の念に対する自己満足的な解決方法にしか過ぎない事を主人公にやらせている。意味があるのだろうか。ここで主人公とともだちが友達になっても主人公のいる世界にとっては(観衆以外には)何の意味が無いことなのだ。ヴァーチャルマシンでは絶対に解決できるわけも無く,本当に主人公の自己満足にしか過ぎないのだ。
考えてみるとこの映画自体恐ろしく現実離れした内容で私はとてもついていけなかった。しかし,この映画のどこを誉めてあげればよいのだろうか。「この映画には製作者の燃えるような情熱が感じられない」で締めくくるのが良いかもしれない。

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