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映画「劔岳 点の記」

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映画を映画館の大画面で観るのは映し出される映像美を楽しむためと言う理由が確かに存在する。それが脚本,演出,監督,役者,音楽全ての面が一体となったとき見るものに大いなる感動を与える。その中でも大画面支えるための視覚効果は重要だ。映画を観終わった後に家に帰り,すばらしい映像美を家のものに説明したが,家のものはテレビでメイキングをやってたから判ると言った。見事なCGと勘違いした観客もいたそうだが,そんな観客は映画を観る目が決定的に不足している。この映画の対極にある今年の日本映画はGOEMONである。監督はCGで出来ないものは無いと言ったそうだが作り物はさりげなく本物は堂々とという映画の王道から観ればみみっちい邪道にしか過ぎない。
この作品は映像と本物の役者の演技で成り立っている作品だ。それをクラッシック音楽で盛り上げるのだ。脚本は奇を狙わずあくまでも淡々としている。演出も飛びぬけて優れているわけでもない。物足りなさをあげる人がいればこれらが減点材料になるだろう。
二時間半の映画であるが最初から最後までの奥行きのある会う映像と重厚な役者が奏でる物語を楽しんでいただきたい。

apjさん分が悪いぞ

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Judgementさんのブログ王様は裸だ!AnnexをROMしていたがapjさんがニセ科学批判の理由を無理やり搾り出し自滅したような雰囲気がある。私は難しいことを言わずapjさんがこれまで培ってきた経験を元にニセ科学批判をしていると思っていた。実際沿うならば無理にニセ科学批判及び批判の定義などしなければ良かったように思う。Judgementさんのブログエントリー疑似科学批判批判批判批判でおそらくapjさんが“どろどろとした現場でがんばっているのにお山の上(にJudgementさんがいるように感じたため)から文句を言うねぇ”と思ってカチンと来て収集がつかなくなってしまったのだろうと邪推する。まああそこまで感情的にこじれたらJudgementさんがいくら理をつめても無駄挙句の果てJudgementさんがapjさんをssfs氏にに“女帝”なんて言ってしまう。これは言っちゃいけない。これは明らかにハラスメントだ。まあ,Judgementさんも人間だったというわけだが。

ニセ科学批判の立ち位置の定義をどうすれば良かったか。私なら自分で出さず,他人を利用し自分自身の客観的な答えを出そうと努力するだろう。おそらくJudgementさん相手の議論なら答えを見つけ出すことが出来るかもしれない。
しかし,ネット上での議論でまともに収束する方がまれなのは確かだ。文章をぶつけ合うだけでは同じ結果になってしまうかもしれない。文章に現せない本音の部分がどうしても相手に伝わらないからだ。
実生活ではFace to Faceでの対人スキルが重視される。営業やクレーム処理は文書を送りつけるだけでは駄目なのだ。じゃあどうすれば良いのか。会社は現場で臨機応変に対応せよと言う。悪い意味で行き当たりばったりだなあ。で失敗したら首を切られるのだ。まあ実生活に比べればネット上のいさかいなど取るに足らない些細なものだった。気にしない気にしない。

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